The Fruit Tree Project-気仙沼市6月4/5日、土/日曜日

6月4日、5日、宮城県気仙沼市でFruit tree projectとボランティアに参加しました。2日とも早朝に卸売市場でバナナをピックアップし避難所に届けた後、ボランティアに参加するという流れです。わたしにとっては今回がFruit Tree Projectへの初参加で、避難所に行くのも初めてでした。

 Paulとともに避難所の物資搬入受付へ行き、現在避難所におられる方々の人数と、避難所に物資の配給を受けに来られる人数を確認します。ゴールデンウィークから着実に避難所で生活されている人数は減っているようでした。とはいえ現在でも多いところでは数百人の方が避難生活を余儀なくされています。

 避難所によっては屋内にそれぞれの世帯毎に設けられたテントでプライベートな空間が確保されているところもありましたが、卓球で使う大人の膝ほどの高さしかないフェンスを使って間仕切りをしているだけ、というところもあります。気苦労と一言では片付けられないようなストレスがあるに違いないと想像させられました。

どこかに共通の冷蔵庫でもあれば別でしょうが、このような状況では避難されているかたが個人で保存食以外のものを保管することはできないでしょう。これから気温が上がり食中毒などの危険が高まっていく中、定期的に新鮮な青果物を配給するということはますます重要になると思われます。

バナナを届けた後は、気仙沼市のボランティアセンターに行ってボランティアの仕事を紹介してもらいました。

気仙沼市のボランティアセンターは非常にシステマチックで、登録から実際の作業までスムーズに進んでいきます。まずボランティアセンター受付で参加登録を行い、参加者がどのような作業を行うことが出来るか(掃除、医療といった区分)を申請すれば、能力に応じた仕事を案内してくれます。また、仕事に必要となる道具はスコップやタワシだけでなくゴム手袋、防塵マスクも貸出があります。さらに救護のテントも設けられておりボランティア参加者の体調管理も行われています。参加者は作業着と昼食さえ用意すればよいという好環境です。(ここまでシステマチックであるということも、如何に多くの作業が必要とされているかの裏返しではないかと思います。)

私たちが行った作業は1日目が家屋の床下に溜まった泥の撤去、2日目は拾得されたアルバムなどを洗浄し、整理することでした。泥の撤去を行った家屋には高さ180cm付近にくっきりと津波の浸水の跡が残っていました。家の前の倉庫は建物全体が土台からひきはがされて30cmほどずれていました。道路は車が走れるようきれいに片付いていましたが、どこの家もアパートも一回の窓は取り外され片付けが行われています。作業場所から歩いてすぐの川からはがれきがところどころから顔を出していて、対岸には横転したままの車や手つかずのがれきの山が見えました。10人がかりでようやく撤去した泥を津波は一瞬で運んできたのだと思うと、そのエネルギーが如何に巨大だったかを思い知らされます。2日目は津波で流されたアルバムなどが拾得地域ごとにまとめられており、それらを奇麗にし、可能な限り持ち主が探しに来た際に判別しやすくする作業です。作業した体育館いっぱいにアルバムや賞状、住所録や御位牌が並んでいます。

日曜日だったせいか探しにこられる方が幾人もいらっしゃいました。中にはご自身の持物を見つけられる方や、並ぶ写真の中にご友人の写ったものを見つけてさっそくご本人に連絡を取っている方もいらっしゃいました。アルバムや免許証などから同じご家族だと思われるものはひとまとめにするのですが、その過程でなんとなく家族構成がわかるようになると、どうかこの人たちがご無事でいらっしゃいますようにと祈る気持ちになります。そして写真が持ち主に帰ることを強く願います。

 Fruit Tree Projectとボランティアでもっとも感じたことは、街の機能が予想以上に回復していることへの驚きと、それでもなお、途方もない作業がまだまだ山積みになっていることです。メディアで震災関連のニュースといえば、今では政治のやりとりばかりが目につくようになっていて、現場から離れた場所で流れてくる情報だけみていると震災そのものがどこかに行ってしまったかのような印象を受けます。このような状況で生の情報、現場の様子を伝えられるという意味においてもこのプロジェクトに参加する意義があると思います。

 一日も早い復興を願って、 FORÇA DO TOHOKU!FORÇA DO JAPÃO!

– Ohara

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the BIG CLEAN – 気仙沼市5月21日土曜日

5月21日土曜日、少人数の決心したALTグループが朝早く雨の降るなか秋田を出ました。気仙沼は良い天気であることを願いながら。ラッキーなことに山の反対側に行くと良い天気に変わり、ボランティアするのに最適な天気でした!私たちは他の3人の外国人と2人の日本人のボランティアと“チームインターナショナル”を作るために合流しました。この日の私たちのプロジェクトは、女性が借りているアパートの掃除でした。周囲のエリアは完全に綺麗で、私たちが車を降りたときの最初のクエスチョンは「津波がここまでも来たの?」でした。道路の向かい側にあるパチンコ屋は普通に営業していたし、近所のお店は全て綺麗でした。しかし、アパートに入った途端すぐにわかりました。そう、私たちは被災地区にいるということが。

アパートの中全てが層になった泥で覆われ、畳は2ヶ月前の津波で剥がれたままでカビが生えていました。その女性は私たちに全ての物を外に出してくれないかと言ったので、私たちは家具や全ての物を運び出す作業をしました。この日一番キツかったのが、泥を除去しているときに津波によって運ばれた大量の魚の山を部屋の角で見つけたときでした。もくもくと働き、午後までにすっかり綺麗に片付けることが出来ました。終わった後、外のごみの山は巨大でした。大きな家具は私たちが出した他の物を置くスペースを作るために近くの公園に移動させなければならず、私たちが去った後トラックがそれらをピックアップしに来ました。アパートは借りているものなので、その女性は畳は捨てずに部屋の中に戻すように言いました。それらは泥で汚れカビも生えていましたが、女性はもし捨てたら家主に怒られるかもしれないことを恐れていました。私たちは言われた通りにしましたが、それらの畳はまた使うには確実に安全ではありませんでした。

ボランティアセンターで友達にさよならを言ったとき、彼らは“チーム秋田”から来週も誰か来るか聞いてきました。彼らは私たちが来るのを楽しみにしていて、私もまた戻ることをかなり楽しみにしています!

– Ashley


the BIG CLEAN – 気仙沼市5月15日、日曜日

今日のボランティアは、18人で行いました。ボランティアさせて頂いたお母さんは、海沿いの近くの山の上に住んでいて、息子さんは、少し離れた所に住んでいるお宅でした。海がすぐ近くにあり、眺めはすごく奇麗なのに、津波により、周囲の家や、ボランティアさせて頂いたお宅の土地が、流されてしまったみたいです。
今日の仕事は、瓦礫撤去でした。しかし…大きな石や小さな石、ガラスの破片が沢山あり、土を掘っても、掘っても石。
すごくキリがない作業でした。皆で、出来る限りの石などを撤去しました。ゴールドバーを、発見した人もいました!!!
お昼になり、お母さんの自宅で休憩をとらせて頂きました。自宅で植えていると言う「しどけ」と言う山菜のお浸しをふるまってくれました。とても美味しかったです。
午後からも、黙々と作業しました。
やはり、すべての石や岩を取り除く事は出来ませんでした(>_<) 奇麗になったというのが、目で見えず、仕事をしたという達成感がなく… 私は、ボランティアさせて頂いたお宅に申し訳ない気持ちで一杯でした。
しかし、ボランティアさせて頂いたお宅のお母さんや息子さんは、「助かりました。本当にありがとう」と言ってくれました。
作業終了後、皆に、アイスとドリンクを御馳走してくれました。ボランティアさせて頂いたのに、私たちの方がありがとうの気持ちで一杯になりました。
数日後、息子さんからメールが届きました。
ゴールドバーは、警察に届けたそうです(^◇^)
– Michiko

the BIG CLEAN – 気仙沼市5月14日土曜日

チームリーダーを、させて頂い鈴木です。今日のボランティアは、5人で行いました。ボランティアさせて頂いたお宅は、昔、子供服を売っていた お店でした。近所の人から、悪臭が酷いので、早くヘドロやゴミを撤去して欲しいとの苦情があったみたいで、ボランティアをお願いしたみたいです。
津波によりお店の中・家の中・家の周りは、ヘドロやガラスの破片、ゴミで散乱していました。午前中は、家の周りを、掃除しました。魚の死骸が、 沢山でてきました。そして…すごい悪臭(T_T)虫が湧いていました。皆で、「臭い」と言いながらも、頑張って土嚢袋にゴミを入れていきました。200枚 の土嚢袋を使いました!!!!!
 お昼になり、1時間の休憩をとりました。お昼ご飯を食べて、私は、散歩に出掛けました。周りのお宅は、奇麗になったお宅や、まだゴミが散乱し ているお宅がありました。私たちが、休憩している間、ボランティアさせて頂いた所のお父さんは、ご飯を食べてすぐに、黙々とまた、作業をしていました。
私は、「お父さん!休んでからゆっくりやりましょう(^◇^)」と、声をかけました。しかし、お父さんは、「みんなは、仕事に来てもらってる人 だからゆっくり休んでいいよ」と言われました。お父さんと色々話したところ、ボランティアの人たちが、帰ってしまったら片づける道具が、無いんだという事 でした。
奥さんを、病気で亡くし、お子さんもいないみたいで、一人ぼっちのお父さんを見て心が痛かったです。
十分休憩も、とったところで、午後からは、お店の中のヘドロを撤去をしました。床の上にヘドロがあったおかげで、スムーズに作業が進み作業終了!!
皆で、記念撮影をとりました。お父さんは、とても良い笑顔でした。おとうさんは、「ありがとう」と言ってくれました。ありがとうって本当に良い言葉ですね❤
裏庭前
裏庭後
Storefront: Before

The Fruit Tree Project-気仙沼市5月14日土曜日

5月14日土曜日、また気仙沼に行ってきました!!
2日分のフルーツを用意できるだけの寄付金が集まったので、GW中に行けなかった分を届けて来ました。
ポール、トッド、みちこ、今回が初参加のウィル、そして私の5人で早朝5時、いつものように本荘にある佐々木青果店さんへバナナ20箱を購入しに行きました。お休みなのにも関わらずいつも私たちの為にお店を開けて待っててくださいます。本当に優しい方々です!ありがとうございます!!
8時半頃には気仙沼に着き、小学校、中学校、市民会館へフルーツを届けて来ました。今回、ポールの学校の2年生の生徒に被災地の子供たちへ向けてのメッセージを書いてもらいました。それをファイルに入れてリボンで結びファイト新聞の子供たちにプレゼントしてきました。子供たちはいつものように元気で安心しました。この日は土曜日だったので学校ではクラブ活動が行われていていつもより賑やかでした。

その後、ボランティアセンターに行き1日をボランティアして過ごしました。お家の裏庭と家の周り、お店部分の泥や瓦礫の片付けをしました。今回は今までで一番キツかったです。と言うのも、瓦礫と泥の中には大量の腐った魚が…今までに嗅いだことのないくらいの悪臭との戦いでした。5人でしたがほとんど全てを片付けることが出来たので良かったです。

次の日仕事の為、その後私はウィルと一緒に5時間かけて電車で秋田に帰りました。

– Minami


The Fruit Tree Project – 気仙沼市5月5日木曜日

5月5日木曜日、第一回目のフルーツツリープロジェクト最終日。私はこの日のことを忘れないと思います。
朝早く、フルーツをピックアップし今日はまず面瀬中学校へ。ここでNHKの方々と待ち合わせしており、私たちがフルーツをデリバリーする一連を取材して下 さいました。この日初めて自分たちの手で直接、避難されている方々へフルーツを配ることが出来ました!子供たちは受け取ったその場でバナナやオレンジを食 べ始め、ものすごく幸せそうな顔(^^)子供たちはみんな人懐っこくてものすごいかわいかったです!最初はたくさんの外国人の訪問に少しびっくりされてい た様子のみなさんでしたが、フルーツを配り始めるとだんだん和やかな雰囲気になり、たっくさんの笑顔と感謝のお言葉を頂きました!フルーツを直接手渡し出 来た事と実際に食べている嬉しそうな顔を見れたことが本当に幸せでした!!
この後いつものように気仙沼小学校、中学校、市民会館へフルーツをデリバリーしに行きました。もちろんこの避難所も今日が最後。みなさんに今日が最終日で すと伝えることが残念でなりませんでした。今までかなりお世話になった小学校で働いている方と最後にたくさんお話して、桜の木の前で一緒に写真を撮り、ま た必ず戻ってくることを約束しました。
それからNHKの方々にもお礼をして別れ、いつものようにボランティアセンターへ。この3連休のはボランティアの人数がGW最初とくらべるとかなり少 なくなっていました。少し遅れて到着したポールと私をみんなが待っていてくれ、私たちは最後のグループとしてボランティアるすお宅へと向かいました。そこ のエリアは地震と津波の直後、大きなオイルタンクから流れた油に炎が引火し大火災になった地帯でした。道路はまだ通行止めのところも多く、泥で汚れ、流さ れた物はほとんどがそのままの状態で残っていました。お手伝いに行ったお宅は二回の窓の下辺りまで津波に襲われ、広く立派なお庭にはまだ泥と瓦礫がたくさ ん残っており、私たちはそのお庭の泥除去作業をしてきました。そこの老夫婦とご家族は今まで会った中で一番の素晴らしい方たちでした!!!

トイレ休憩の為 に少し高台にあるご主人のお兄さんの作業場に軽トラックで連れて行って下さったとき、車の中でいろんな話をしてくださいました。お父さんはその地域のリー ダーのような存在で、今はボランティアの為にフリーマーケットを主催しているとのこと。たくさんの衣類などが高台の広場に並べられ、多くの人で賑わってい ました。そこにお兄さんの作業場があり、子供の日に向けて作っていた電車(子供たちが乗れる小さいおもちゃ電車)を詳しく説明しながら見せて下さいまし た。地震の影響で子供の日に間に合わせることが出来ずに残念そうでしたが、早く完成させたいとキラキラした笑顔でおっしゃっていました。図面がなく、イン ターネットで調べながらエンジンから何から何まで作っているそうです。かっこいい!私も完成が待ち遠しいです!そんなちょっぴり長いトイレ休憩の後、作業 に従事しお昼休憩。今日取材して下さったことを12時からのニュースで放送してくださるとのことだったのでみんなでドキドキしながらテレビにくぎ付けに なっていました。なかなか流れず今日はやらないのかな…と諦めかけた時、ついに最後の宮城県のローカルニュースで紹介されました!秋田で放送されるのを楽 しみにしていた私の家族はちょっとガッカリ(笑)そのニュースを見ている途中、とある大手のテレビ局から電話が入りました。フルーツツリープロジェクトを 知り、残りの3日間を密着取材したいとのオファー!!!すごい!!!ですが本当に残念なことに今日が最終日になってしまった為にお断りせざる負えませんで した…もっと多くの方に知ってもらえるチャンスだったのに(>_<)そんなこんなで私はニュースを見逃してしまいましたが、後でDVDを送っ て下さるそうなので見るのが楽しみです!

午 後もみんなでみっちり作業に励みました。流されて池の中に落ちた洗濯機や何百キロもあろう重たい石の鉢を男性陣総出で引き上げたり、重い木を運んだり大活 躍。かなり多くの作業が出来ました。ボランティア終了時間になり、迎えの車を待つ時間が結構ありました。そしたらお母さんが私たちを特別な場所に案内して あげると、大仏様のところへ連れていってくださいました。この大仏さまは地域の守りでみんなの心の支えだそうです。みなさん大事にされているのが伝わって きました。その後、津波の時地域の皆さんが避難されたという丘の上へ連れていて下さいました。そこからは被害にあった地域一体が見渡せました。右側は津波 で破壊され、左側は焼け野原になっていました。言葉もなく立ちつくす私たち。お母さんが「復興できるかねぇ」と悲しそうな笑顔で呟きました。最後にお別れ する時、お父さんが「あなた達は私たちの息子と娘です!家が直ったらみんなで遊びに来てくださいね!」と言ってくださいました。私たち全員の名前と住所を 聞き、落ち着いたらお礼の手紙送るからね!と言って下さいました。本当に最高のご夫婦、ご家族。お母さんは私たちを見送る時、泣きそうになっていました。 ご家族全員、車が見えなくなるまで手を振って下さいました。なんとも言い表せられない感情で心がいっぱいになりました。温かい気持ちにもなったし、もっと 頑張ろうという決意もしました。

今回のボランティアの旅では、たくさんの素敵な人たちに出会いました。むしろ素敵な人にしか出会っていませ ん!会う人会う人がみんな、復興のために頑張っていたり、自分も厳しい状況にいるのに人を助けようと動いていたり、遠くからボランティアのために駆けつけ たり、一生懸命頑張っていました。避難所での食生活は震災から約2カ月たった今でもほとんど変わらない状況だし、町の復興もまだまだ時間とたくさんの人の 力が必要なことが明らかにわかりました。今の主な作業は泥の除去作業。これは想像以上に体力のいる作業だし、人出も必要です。たくさん出来なくても、出来 るだけ多くの方が一回でもボランティアに参加してもらえるよう、これからも呼び掛けて行きたいと思っています。

フルーツツリープロジェクトも、今回は当初の予定より3日少ない7日間で終了となりましたが、大成功だったと思います!たくさんの方々に笑顔と元気の素を 届けられたと思います。何回も繰り返しますが、サポートしてくださっているみなさんのおかげです。本当にありがとうございます!今回だけで終わりたくはあ りません。私たちのゴールは、たくさんの方にこのプロジェクトを知って頂きこの輪を広げていくことです。被災地のお店も少しずつ復旧してきているようです が、食料等を買うことが出来ない方もたくさんいらっしゃいます。今回の活動で、まだまだこのプロジェクトが必要で重要なことが分かりました。
引き続きみなさんのサポートをお願いしたいと思います。よろしくお願いします!

– Minami



The Fruit Tree Project – 気仙沼市5月4日水曜

5月4日水曜、フルーツツリープロジェクト6日目。
今日はリンゴ240個、バナナ756個、オレンジ576個を届けました。避難所の職員の方々は日に日に私たちの顔を覚えていってくださり嬉しいです。避難 所のみなさんには本当にものすごく喜んでくださっていて、おいしいというコメントもたくさん頂戴しています!この活動が出来ていることをすごく嬉しく思い ます。サポートしてくださっているみなさんのおかげです。本当にありがとうございます。

残念ながら現在私たちが持っている予算では、明日が最終日になりそうです。でも、まだまだ世界中から多くの寄付が寄せられているし、もっともっと私たちも 頑張ってより多くの寄付を集め、必要がなくなるまでこの活動を続けていきたいと思っています。かなりの長期戦になります。まだまだこのプロジェクトは始 まったばかり。

この日もデリバリーの後、気仙沼に残っている7人はボランティアセンターに行き一日ボランティア活動をしました。その後一行は急いで面瀬小学校(約300 人が避難しています。)へ行き、たくさんのおもちゃを子供たち全員にプレゼントしてきました。次の日にフルーツを持ってくる提案をすると喜んでくださいま した。

この日の夜、仕事が終わった私はトッドとみちゃんに乗せてもらいまた気仙沼へ向かいました。いつものキャンプサイトに着くと、そこにある居酒屋の店主が私 たちにたくさんの料理とお酒をふるまって下さっていました!!!本当にありがたいです!!!すごくおいしかったです。本当に最高の方々でした!!!

店主の奥さんに地震があった直後の話をいろいろ聞きました。ショックな話もたくさんありました。それでもみんな、笑顔で前を向いています。本当に強くてたくましい気仙沼の方々。頭が下がります。

明日はいよいよ最終日。もっとたくさんの笑顔に会えるのを楽しみにしています。

– Minami